>  > MRA スクリーンスポイラー クリア FJ1200 88-90 《エムアールエー 4025066310661》
【純正】NISSAN DAYS HighwaySTAR ニッサン デイズハイウェイスター【B21W】  ルーフスポイラー【ホワイトパール】[K6050-6A30D]
RSR Ti2000ワゴンサス トヨタ ビスタアルデオ SV55G 3S-FSE 13/8~ 4WD 2000 NA 200S _T771TW |

「tnomuraのブログ」の更新通知を受け取る場合はここをクリック

MRA スクリーンスポイラー クリア FJ1200 88-90 《エムアールエー 4025066310661》

MRA SPEC スクリーンスポイラー クリア FJ1200 88-90 《エムアールエー 4025066310661》 40TCS08/C

素朴集合論で最も重要なのは述語 P(x) である。P(x) を充足する要素を集めたものが集合になるという内包原理は、集合を外延的定義ではなく、述語で定義することを可能にする。すなわち、

{x | P(x) = true}

が集合を定めると言えることで、集合の問題を述語の問題として抽象化できるからだ。このような述語と集合の1対1の関係はしかし、ラッセルのパラドックスで否定されてしまった。しかし、それは述語のあり方に対する洞察の違いからきているような気がする。

これを論証するのに、まずA = {a, b, c} という3個の要素しか含まない有限集合について見てみよう。この有限集合が与えられたとき、この集合の部分集合からなる冪集合 2^A を考えることができる。

。すなわち、

2^A = { {a, b, c}, {a,b}, {a, c}, {b, c}, {a}, {b}, {c}, {} }

要素数3の集合の冪集合は 2^3 = 8 個になる。ここで、直積 A × 2^A から2値集合 {0, 1} への写像 ψ(x, y) を考える。この関数は A の要素 x が 2^A の要素 y に含まれているとき 1, 含まれていないとき 0 をとる クラッチ シングル【クスコ】クラッチ カッパーシングルディスク 00C 022 R606 スズキ セルボモード CN21S。このとき A の要素を列に、2^A の要素を行にとった対象表を作ると次のようになる。

**a b c
p 0 0 0
q 0 0 1
r 0 1 0
s 0 1 1
t 1 0 0
u 1 0 1
v 1 1 0
w 1 1 1

このとき 2^A の要素の一つを固定した関数 g(x) = ψ(x, p) :: A -> {0, 1} は A の述語になる。すなわち、g(a) は1または0の値を取り、

{x | g(x) = 1}

は A の部分集合を定める 【送料無料】 F:245/40R18 R:275/40R18 SUPER STAR スーパースター レオンハルト ビューゲル F:8.50-18 R:9.50-18 DUNLOP ダンロップ SPスポーツ MAXX 050+ サマータイヤ ホイール4本セット。この例の場合は g(a) = 0, g(b) = 0, g(c) = 0 だから空集合 { } でこれは対照表の p と一致する ブリッツ THROTTLE CONTROLLER スズキ アルトターボRS(ALTO TURBO RS) HA36S R06A(Turbo) - スロットルコントローラー。このように A と 2^A の間で関数 ψ(x, y) が定められているとき、関数 ψ(x, p) は集合 p と1対 1 対応している。すなわち、ψ(x, p) は A の述語である。また、述語 P(x) がどのように表現されていても、そのふるまいは上の対照表のどれかの行に一致する。したがって、ψ(x, y) の y を固定した関数 ψ(x, m) は A の述語の全てを尽くしている。したがって、これを述語の定義としても構わない。

ところで、述語の定義を ψ(x, m) としたときの述語とラッセルのパラドックスの関係はどうなるだろうか。

それを見るために上の対象表の一部を A の要素に変更したものを作ってみる。最初の3行を a b c に変更してみよう。

**a b c
a 0 0 0
b 0 0 1
c 0 1 0
s 0 1 1
t 1 0 0
u 1 0 1
v 1 1 0
w 1 1 1

a b c の部分だけを取り出すと次のようになる。

**a b c
a 0 0 0
b 0 0 1
c 0 1 0

この対照表では、「自分自身を要素として含む集合」や「自分自身を要素として含まない集合」が存在する。この対象表では、a b c 全てが「自分自身を要素として含まない集合」である。そこで述語 P(x) を「自分自身を要素として含まない」と定義する。すると、

R = {x | P(x) } = {a, b, c}

であり述語 ψ(x, R) の振る舞いは対照表の行の 1 1 1 として現れる。これは対照表の w と一致しているので R = w である ヤマハ純正 モータアセンブリ 2C0-81890-00 HD店。つまり、「自分自身を要素として含まない集合」という述語は A の立派な述語であって、A の部分集合を定める。ところが、ラッセルのパラドックスではさらに R が R に属するかどうかを議論している。すなわち P(w) の値を問うている。しかし、ψ(w, w) は上の対照表には現れてこない。w は A の要素ではないからだ 。したがって R が R に属するかどうかという問題提起が無意味なのだ。

したがって、述語の定義を上で述べた定義にする限りそれは集合 A の要素にのみ適用されなければ意味がないことがわかる。これは、公理的集合論の公理(分出公理)として取り上げてある M50 ブルバード(BOULEVARD)10年 ベースセット シルバー VENTURA(ベンチュラ)。

ラッセルのパラドックスは述語 P(x) の定義に制限がないため発生したのだ。述語本来の意味は、集合 A の部分集合は述語による内包的定義ができると考えるべきである。ラッセルのパラドックスはこうして、公理的集合論の内包的定義の公理(分出公理)によって防ぐことができることがわかる。

また、冪集合については述語で定義できる集合の全てを尽くしている。さらに、冪集合は集合演算について閉じている。したがって、冪集合においては論理学の定理が全て成立することがわかる。適切な述語には論理は心配なしに適用できるのだ。

ところで、ラッセルのパラドックスで、P(w) がなぜいけないのかと言うと、それは P(x) :: A -> {0, 1} という述語を P(w) のように 2^A のデータ型に適用して、型エラーを起こしてしまったためだ。述語を型付き関数としてとらえることで、パラドックスは回避できる。ラッセルのパラドックスは型なしプログラム言語でランタイムエラーを起こしたのだ。Haskell のような型付きプログラム言語は、素朴集合を安全に使うためのモデルになっているのかもしれない。


by tnomura9 | 2019-01-07 02:58 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)
<< 矛盾のない素朴集合論の公理 ラッセルのパラドックスのどこが... >>
{yahoojp}jpprem01-zenjp40-wl-zd-84257