>  > ベンツ CLK(W208) 208335用 リアブレーキパッド+ローター 左右セット Mercedes-Benz メルセデス・ベンツ ☆送料無料☆ 当日発送可能(弊社在庫品の場合)
メッツラー(METZELER) [2283600] ROADTEC Z8M INTERACT F 120/70 ZR 17 M/C (58W) TL【送料無料】

ベンツ CLK(W208) 208335用 リアブレーキパッド+ローター 左右セット Mercedes-Benz メルセデス・ベンツ ☆送料無料☆ 当日発送可能(弊社在庫品の場合)

まるごと北杜夫。敬称略ですみません。

ベンツ CLK(W208) 208335用 リアブレーキパッド+ローター 左右セット 02/9~07/10 Mercedes-Benz GT メルセデス・ベンツ ☆送料無料☆ 当日発送可能(弊社在庫品の場合)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Pagetop

極私的感想『木精』(と『幽霊』)

実は私は昔から『木精』が嫌いなんですが、その理由は「倫子が大嫌いだから」で、もはや作品のよし悪しとは関係ありません。以下、倫子の悪口ですのであしからず。

・ カマトト
「ぶりっ子」(←死語)という言葉はこの人のためにあると言っても過言ではありません。自分を「ノッ子」と呼ぶ女、温泉マークに入って「わるいことをしちゃ、いやあよ」「チュッだけしましょ」と言う女、「このあいだはメンチャイ」と謝る女、「タッちゃんとノリちゃんは、森の奥で家を作りました」という手紙を送ってくる女。子持ちなのに。

・ 無節操
二人で出かけた初回から吐くほど飲む女、平気で不倫をする女、デートの待ち合わせに恋人が遅れたら代わりに夫を呼び出す女、「(子供を)捨てるって、ひどい言葉ね。でも、それしきゃ方法がないわ」と言える女。

・ 無神経
医者にサービス診療を平気でさせる女、寝相が悪く恋人を布団の外に放り出して笑っている女、平静な態度で温泉マークに入ったり不倫旅行にでかけたりできる女。

・ ズルい
「二人が結婚できないものか」と言い出して「ぼく」をその気にさせておきながら、早々に「やっぱり離婚はできない」宣言。
「あなたがそばにいらしてくれたらがんばれたかもしれません」「なぜ、もっと強引に、どこまでも、ノッ子を自分のものとしようとなさらなかったの」「あなたって、恐ろしい方、罪深い方!私の心を子供を捨て去る鬼のような女にしてしまわれた」「あたしたち、別れたほうがいい?」「あなたが、別れられるようにして」と、一から十まで相手に責任を丸投げする女。


「ぼく」には彼女のカマトトぶりが「あどけなく」見え、無神経さが「大胆」に見え、時に彼女の言動にむっとしても、「結局はぼくは負けた。倫子の訴えるような目つきを、口元を眺めていると、とてもそれ以上腹を立ててはいられなかったのだ。」

「こんな女、やめときなよ・・・」と私は言いたくなるのです。別れても倫子は「ぼく」ほど打撃を受けないし、すぐ立ち直るはずです。
(でも実は、「ぼく」も、「たとえ君があるとき悲しくあろうともそれは金髪碧眼の種属のむしろ生気ある感傷性にすぎぬ」ということがちゃんとわかっています。)

「ぼく」が倫子にここまで盲目的に惚れたのは
「時間をかけて眺めれば眺めるほど、彼女の顔立ち、ほそい姿態がずっとむかしからのぼくの好みに、あやまたず適合していたからだ」
という一点に尽きます。(私も若い頃はメンクイだったので、気持はわかります。)
数年前に『人は見た目が9割』という本が話題になりましたが、ビジュアルが人に及ぼす影響力、拘束力はすごい、と思わざるを得ません。


ところで、ついでに『幽霊』についても書いておきます。
『幽霊』の中で私が唯一気に入らないのが「ぼく」の母親です。
母親は、いたいけな、人並みはずれて繊細な幼い我が子たちを捨てたのです。母親が出奔した理由は書かれていませんが、周囲の大人が秘密にするくらいですから、ろくでもないことに違いありません。
結果として、「ぼく」の心は抑圧され、無意識のうちに幼年期の記憶を封印することになりました。「ぼく」がその記憶を掘り起こす過程で、母親はただひたすらに追慕の対象であって、自分を捨てたという発想にならず、恨みがましい気持が全く起らないのはなぜなのでしょう。
それは心の奥底に刻印された母のイメージが「美しい」からだと思います。
「ぼく」の母親はひと言で言えば有閑マダムであり、育児も乳母に丸投げなのだから、優雅で美しく、子供に優しくできるのは当たり前です。その「優雅で美しく優しい母」というイメージが、子供を捨てたことの免罪符になるばかりか、むしろ当の子供にこれほど恋い慕われる理由になるなんて「なんか、ズルい」とつい感じてしまうのです。


「ぼく」を翻弄しておきながら、「美しさ(←「ぼく」の主観であっても)」によってすべてが許されている女性、という点において倫子と母親とは共通していると思います。

スポンサーサイト

『木精』(3)「ぼく」のSWEET MEMORIES

井上靖氏が『木精』について書いておられます。
今日、青春小説、恋愛小説と呼ばれているものは数えきれないほど生み出されているが、「木精」に於て見るように、青春が抽象化され、恋愛が抽象化されている作品は少ない。青春というものを文学で取り扱う場合 【USA在庫あり】 アイコン ICON 春夏モデル ジャケット KONFLICT ハイビズ Mサイズ 2820-3894 HD店、夾雑物を排除し、それが持つ本質的なものだけを取り出さない限り、それを描くことはできない。(中略)恋愛もまた同じことである。
(中略)己が青春と恋愛について語れる作家は、――それがいかにフィクションの形をとろうと、青春の感受性と、若き日の恋愛への純粋な陶酔感を、そのままの形で、己が精神の内部に温存できている作家でなければならない。そしてまた、その作品は 、読む者の心に素直に受け入れられるだけの説得力を持っていなければならない。青春も、恋愛も、それぞれその本人独自の人生体験であるからである。(井上靖「「木精」を読んで」『北杜夫全集月報』)

確かに、書かれているエピソードの一つ一つは「ぼく」のものであり、読者はそれとは異なる固有の体験を持っているわけですが、誰もが恋愛の過程で共通して抱く心情というものがあり、『木精』ではそれが鮮やかに描かれていると思います。例えば次のような。

あれこれ考えると、ぼくの心は千々に乱れ、つかのまの希望と期待が、その幾層倍ものみじめな苦痛にとって変るのだった。

さまざまな想念が去来し、ぼくを根底までゆすぶり、羞恥と混乱と有頂天のさ中へと投げだした。

これらの会話は、どこからどこまで愚かしい痴語といってよかった。しかしその愚劣さが、ときには神聖なものともなり、すなわち愛というものになるのかもしれなかった。

時が経つにつれ、(中略)二人の恋情は、むしろ落着いて、より深いものになっていった。たとえば親密度がずっと増してきて、どんなことでも気がねなく言いあえたし、なにより二人でいるということだけで、実にほっとした、心のたゆたうような、気の安らいだ時を過せるのだった。


『木精』に描かれる「ぼく」と倫子との恋愛は、北杜夫自身の経験を下敷きにしたものです。
『木精』の終盤、自分の過去をたどる小説の構想を固めた「ぼく」ですが、
倫子とのことはまだとても書く気がしなかった。あの情事(中略)は、まだあまりになまなましく胸に突きささりすぎるし、それを書くには心が暖かく鼓動しすぎているからである。
そして
「あと二十年も経ったら」と、ぼくは思った。「倫子よ、ぼくは君を忘れたことがあったろうか、と書ける日がくるかもしれない」
と考えます。
小説を書く場合には、「事物から距離をとることも肝要なことであった。何ものかをいきいきと表現するためには、逆に精神は冷たく覚めていなければならぬ」からです。

北杜夫自身が人妻との関係に終止符を打ったのがマンボウ航海の直前として31歳のとき、『木精』の連載が47歳のときですから、16年が経っています。つまり、対象から距離をとり、冷静な精神で、夾雑物を排除して書ける状態になって書いたものが『木精』というわけです。

ところで、同じ題材の作品に『羽蟻のいる丘』があります。これは北杜夫が人妻との恋愛の渦中にあるときに書いたもので、「真昼の野にひとり遊ぶ幼女を前にした男と女の悔恨と焦慮を秘めた、気の遠くなるようなけだるい会話と風景」(奥野健男「短篇について」『北杜夫の文学世界』)が描かれています。

こんな女が子供なんぞ生むのが間違いなのだ、と男は思った。するとまたしても理不尽な憤ろしさがこみあげてきた。(『羽蟻のいる丘』)

そして「男」は、「大人の注意をひくための、殊さら何もしらなげな声で」話す「ちっとも無心でなさそうな幼児」を抱き上げて、「お前を殺せたらなあ」とつぶやくのです。

その同じ子供について『木精』では
ぼくらの恋の邪魔になったのは(中略)この無邪気な、ほんとうに愛くるしい幼児の存在だったのだ。
と書かれているのは注目に値します。
渦中にあってはひりひりする痛みを伴うような感情だったものが、長い時を経て甘美な追憶に昇華されているのです。

ぼくたちの恋は結局は結ばれぬ恋であった。しかし、これほどまで我を忘れて、これほどまでに切羽つまって、嬉しくまた悩み多く、人を愛するということが、ぼくの今後の人生にはたしてあるだろうか。

倫子、君を愛したということは、或いはぼくの人生が表面的な不幸の形で終るにせよ、なおかつ幸福であったといえることにつながるのだ。


『木精』を読むと私は松田聖子ちゃんの名曲をつい思い浮かべてしまいます。

 失った夢だけが美しく見えるのはなぜかしら
 過ぎ去った優しさも今は甘い記憶 sweet memories
   あの頃は若すぎていたずらに傷つけ合った二人
   色あせた悲しみも今は遠い記憶 sweet memories
 (詞:松本隆)

『木精』(2)精神と生命との交歓

「病む自然、病む精神」というトピックで、人間(の精神)は自然から疎外された存在だと書きましたが、精神VS自然という対立の中で、初めから自然の側にいる人間もいます。すなわち精神性が高くない人たち 【送料無料】 245/45R19 19インチ YOKOHAMA ヨコハマ アドバンレーシング RGIII 8.5J 8.50-19 DUNLOP ダンロップ ルマン V(ファイブ) サマータイヤ ホイール4本セット フジコーポレーション、生きることに悩まず、生命力にあふれる人たちです。「精神」に属するのが「芸術家」、「自然(生命)」に属するのが「俗人(市民)」です。

北杜夫は『トニオ・クレーゲル』について
要するにこの作品は、精神と生命、芸術家と俗人(健全な市民)という対立命題をあつかっているのだが、ここで肝腎なのは DIXCEL スカイラインクーペ CKV36 ベースグレード/タイプP スポーツパッド リア用 M Type、若きマンは決して前者をよりけだかいものとしているわけではなく、やがて一個の確立された作家となったトニオは、世の凡庸な人たちを、多少の軽蔑をまじえながらもやっぱり憧憬の目で眺めている。(『青春記』)
と書いています。

「市民」と「芸術家」という対立は、近代におけるなかば宿命的なものであった。しかしこの場合、「芸術家」を「市民」よりも優位に置くか、あるいは「市民」にたいして何ら誇るにたりない存在と見るかによって、道はおのずから別れざるをえないであろう。北杜夫氏のトーマス・マンの読み方は、明らかに後者の立場に立つものである。ここに北杜夫氏の文学の新しさ、というより北氏が近代芸術家の孤独からいかに脱皮しようと努めてきたかが、暗黙のうちに示されている。(磯田光一「評伝的解説〈北杜夫〉」『現代日本の文学46』)

さて、『木精』では、「ぼく」は芸術家を指向しています。

リューベックの作家がイローニッシュに記した、健全な市民に比べれば、多分にいかがわしい、道に踏み迷った、緑色の馬車に乗ったジプシーのごとき生活を、今度こそ現実に 後ろ リア ブレーキローター適合車種:テルスター GVEWF・GVFWF[品番: M6-102B ]【smtb-k】【kb】【カード分割】、本気で歩みだそう(『木精』)
ぼくは称号の世界に住みたくはない。リューベックの作家の言葉を借りれば、悪魔や妖精や地の底の怪物や認識で唖になった亡霊ども、そういった者たちの仲間になりたいのだ。(『木精』)

そして倫子は生命力にあふれた市民の象徴です。

倫子、(中略)君はもちろん金髪碧眼の種属の同類なのだ(『木精』)

「ぼく」はトニオと同じく、芸術家を目指しつつ、同時に市民の世界にも憧れています。

そのとき、ぼくのまえを、非常に華やかな美しいものが横切ろうとした。ついさっきまで、灰色の死の世界につきあってきたぼくの目には、それが生命そのものの、輝かしい光のなかの存在のように映った。(中略)ちょうど、その女と同様だったのだ。参宮橋の家で、広間の柱のかげに現われた倫子は。それは、死と生命、闇と光との鮮やかな対照にほかならなかった。そして、あえて牽強付会に言うならば、ぼくはその両者の中間に、不安定に、頼りなくさ迷っている存在なのかもしれなかった。そしてそのゆえに、この両者にこもごもに惹かれるのかもしれなかった。(『木精』)

「ぼく」は、二者の世界は交わることはないと考えていたので、倫子の自分への好意を知って歓喜します。

そのときぼくの心を襲ったのは、こんなことがこの世で起ってよいものだろうか、という、かなり滑稽で同時に真摯な自己認識である。ぼくという人間は、トニオ・クレーゲル少年のごとく、ひそかなる愛慕をよせたハンス・ハンゼンやインゲボルク・ホルムからは決して好意を持たれることもなく、せいぜい芸術家の女友達リザヴェータ・イワノヴナなどと冷静な友情を結べるくらいが実情なのではあるまいか。(『木精』)

もともと精神というものは、一種のほの暗さ、暗黒、或いは冷気、氷結という環境を母国とする。そこで精神はじっと沈思し、瞑想し、漠としたものから確然と形をなしたものを産みだし造りだすのだ。しかし、そのままでは精神はやがて疲弊し、衰弱してしまう。輝かしい陽光、和やかな湖の水のきらめきは、もともと病んでいる精神に生気を吹きこみ、癒し、いわば充電の役を果すのだ。(中略)そして恋愛もまた、精神にとってまどろみであり休息でなくてなんであろう。(『木精』)

精神の世界と生命の世界は一度は交わりますが、やがて再び別れていきます。芸術家としての「ぼく」の内部に、生命と人間への愛を残して。

二人が別れたことは、いつかはくる必然的な摂理だったにちがいない。倫子、君は快活に素朴に無邪気に(中略)生活を享受できる女性だ。それに比べて、ぼくは曖昧なあやしげな存在だ。ぼくの気質は年と共により内閉的に狷介に、一見人間嫌いといったふうになってゆくことだろう。(中略)にもかかわらず、片側の意識で、ぼくは生涯、人間を愛し、人生を愛してゆくことができるだろう。倫子、それがぼくに君が与えてくれたもの、これからも追憶のなかでずっと与えつづけてくれるはずのものなのだ。君は、幼少期からぼくを魅し、恍惚とさせた草や虫たち、或いはひそかな愛慕を寄せた少年や少女の結晶であり綜合であり、

ベンツ CLK(W208) 208335用 リアブレーキパッド+ローター 左右セット Mercedes-Benz メルセデス・ベンツ ☆送料無料☆ 当日発送可能(弊社在庫品の場合)


Mercedes-Benz メルセデス・ベンツ CLK(W208) 208335用
リアブレーキパッド+ローター 左右セット


 商品説明
Mercedes-Benz メルセデス・ベンツ CLK(W208) 208335用 
 ・リアブレーキパッド (左右) 
 ・リアブレーキローター (左右) 
上記セットになります。 

<ブレーキパッド> 
 品番:1013-0135 
 定価:10,300円 

 ・在庫状況によりGirling/TRW製,sbs/nk製,breni製でのご用意になります。 
 ・メーカー欠品の際は、Ate,RAICAM,JURID等の他メーカー同等品をご用意させて頂く場合がございます。 

<ブレーキローター> 
 品番:222L02757 
 定価:17,200円 

 ・breni製 SCD(Silver Coating Disc)series でのご用意になります。 
 ・防錆の為のシルバーコーティングを施したハイクオリティディスクローター 
 ・メーカー欠品の際は、TRW,DIXCEL等の他メーカー同等品をご用意させて頂く場合がございます。 

 ※パッド&センサー&ローター各種セット、単品販売もご用意があります。 
 ※ブランドご指定の場合は、あらかじめ在庫の確認をお願いいたします。 

 商品代金
【12,630円(税別)】+【それぞれの追加料金(適合品に種類が出る場合)】=【商品代金】 となります。 
※追加料金が発生する場合、商品代金はご注文後に弊社にて修正をかけさせて頂きます。 
 適合車種
・型式:208335 
・年式:1997-2000 
・排気量:2.0L 
・グレード:CLK200/CLK200アバンギャルド 
その他の適合品
 注意事項
<商品の納期について> 
・弊社在庫品の場合 
 弊社在庫ありの場合、16時までのご注文で当日の発送が可能です。 
 ご注文が重なり欠品の場合もございますので、ご注文の前に必ず在庫状況の確認をお願い致します。 
・メーカー取り寄せ品の場合 
 メーカー在庫ありの場合、14時までのご注文で翌営業日の発送が可能です。 
 メーカー欠品の場合もございますので、ご注文の前に必ず在庫状況の確認をお願い致します。 

・質問等で確認が無い場合のクレーム/返品は対応しかねます。必ず事前に適合確認をお願い致します。 
・土曜・日曜・祝祭日は弊社休業日のため、注文や問合せへの対応及び発送は行っておりませんので予めご了承ください。 
 コメント
・全ての輸入車の部品をお取り扱いしています。 
・国内/EU/北米よりご都合にあわせてお取り寄せ可能です。 
・お探しの部品等ありましたらお気軽にお問い合わせください。 

適合確認・在庫確認・納期のお問い合わせは...
info@enenen.info または 03-6411-9405(TEL/FAX共通)

、その化身なのだから。(『木精』)

将来きっと、「ぼく」は、『楡家の人びと』のような「生に対する憧れに満ちた健全な愛着(中略)が、いきいきと目覚めていて、(中略)甘美な法悦感のように、立ちのぼってくる」(辻邦生「解説」『楡家の人びと』)、「真に市民的な作品」を書くことになるのでしょう。

『木精』(1)「ぼく」のヨーロッパ紀行

「ぼく」は3年間のドイツ留学中に、何度か一人旅をしています。『木精』に描かれているヨーロッパの各地を、北杜夫はすべて実際に訪れています。
「ぼく」の行程をまとめてみました。





(1)初めての冬休み。オランダ・ベルギー小旅行
フランクフルト→アムステルダム→ロッテルダム→アントワープ

マンボウ航海のとき、霧に閉じ込められていた場所ですね。


(2)2年目の6月。父の足跡をたどってドナウ源泉を訪ねる旅
チュービンゲン→ドナウエシンゲン→ラードルツェレ→コンスタンツ→ライヒナウ

北杜夫は2度ドナウエッシンゲンへ行っています。フユルステンベルヒ居城内の観光用の「ドナウ源泉」でなく、父茂吉が求めてもたどり着けなかった本当の源泉を見ようと試みましたが結局だめで、斎藤茂太氏が3度目の訪問でついに正真正銘のドナウの源流に行き着いたそうです。(『壮年茂吉』参照)


(3)3年目の夏の初め。トーマス・マンの墓参りの旅
チューリッヒ→キュスナハト→キルヒベルク

これは辻邦生と行ったコースです。
辻)昨年の夏、君がパリのぼくのところへ来たのは(中略)たいへん暑い日だった。非常な躁状態で現われて、これからスペインへ連れて行けと喚く。ものすごく暑いんで、スペインに行ったら四十度を越してしまう。そんなのに付き合っちゃたまらないから、スイスへ行こう、かねがね行きたいと思っていたトーマス・マンの墓に詣でようじゃないか(『若き日と文学と』)
ということで訪れたマンの墓の前で、北杜夫が正座してうつむいた(たぶん泣いている)後ろ姿の写真が残っています。


(4)同じ夏に。信州の山をしのんで、チロルを訪ねる旅
チューリッヒ→インスブルック

(3)のマンの墓参りに続いて、北杜夫と辻邦生はチロル地方に足を伸ばしました。マンの墓を詣でたあとで気分が高揚していた二人。
辻先生は道をはずれたもの凄くけわしい岩場へ登って行きました。私もそれに習いました。そして二人は、それぞれ未来の文豪(?)のために、お互いに記念写真を撮りあいました。(「チロル紀行」『マンボウ博士と怪人マブゼ』)
そのあげく転落しかかったりしています。


(5)3年間のドイツ留学の最後に。トニオ・クレーゲル追体験の旅
シュトゥッツガルト→ローテンブルク→ハンブルク→リューベック→コペンハーゲン→ヘルジンゲール→アールスガールド

リューベックにはマンボウ航海の時に短時間立ち寄りましたが、後年、辻邦生と再訪しています。二人はそれぞれに感慨に浸り、夢想にふけりながら旅をし 【ヴァレンティ】マツダ MPV LW#W などにお勧め ジュエルブレーキフラッシュキット OBDタイプ 品番:BRF-OBD2 Valenti JEWEL BRAKE FLASH KIT、最終目的地のアールスガールドでは
私たちは、若い日から愛読した小説と現実がごっちゃになるような、赤いワインによる酩酊以上のふしぎな一刻を過したのであった。(「リューベック再訪など」『マンボウ博士と怪人マブゼ』)


このほか、留学先のチュービンゲンは
初夏と秋に二回ほど行きまして、大学病院とか研究所を見てまわって、今度の小説に利用したわけです。(中略)今度のはわりに地味に取材してるんですよ。(奥野健男との対談『北杜夫の文学世界』)

そんなわけで、『木精』では「ぼく」が過す町、

ベンツ CLK(W208) 208335用 リアブレーキパッド+ローター 左右セット Mercedes-Benz メルセデス・ベンツ ☆送料無料☆ 当日発送可能(弊社在庫品の場合)

、訪れる町の様子が臨場感あふれる筆致で克明に描かれているのです。

プロフィール

Author:ひなこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
{yahoojp}jpprem01-zenjp40-wl-zd-60991